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知人の息子さん(高校2年生の男の子)がUPしたFaceBookから / B型の特徴

知人の息子さん、
高校2年生の男の子がUPしてた(FaceBookで見つけたので)
内容に心当たりあり過ぎ(笑)


+++
【B型の特徴】

1*近づかれすぎると逃げたくなる

2*テンション低い時は話しかけんな
オーラ満載

3*で、話しかけたらクソ冷たい

4*興味のないことは基本スルー

5*興味のあることへの集中力は神

6*波長が合わない人と
長時間一緒に居るのは拷問

7*我慢して我慢して我慢して→爆発←

8*喧嘩?してませんよこんなの喧嘩に
入りませんから

9*陰口嫌い。本人に直接言う

10*秘密は守る

11*嘘は苦手つか嘘が嫌い

12*でも演技は上手

13*隠し事大嫌い

14*自分の事好きな人が好き

15*というより自分を分かってくれる人が好き。

16*昨日まで「嫌い」次の日話すと
「あれ、この子いいこ」

17*本当に嫌いな人は一生嫌い。

18*嫌いな人はほとんどいない。
ただ無理なだけ

19*声がでかい

20*何かしてないと落ち着かない

21*空気はかなり読める
ただつまらなくなるとぶち壊す

22*加減を知らない

23*ベッドやこたつや人の温もり大好き

24*やろうと思えば何でも出来る
ただやらないだけ

25*リーダーにもなれますよ

26*イラっと来たら叫ぶ

27*一日部屋で音楽聴きながら
ぼーっとしてみたい

28*口癖は
「お腹すいた、ねむい、まぁいいや
あれ、何言おうとしたんだっけ←」

29*一人の時間がないとだめ

30*寂しくてもだめ

31*ON/OFFが激しい

32*スイッチきれたら動かない

33*キレると怖い

34*めんどくさい

35*自由奔放

36*話してる途中で話変わる

37*割と常識的

38*親しい相手に対してドS

39*涙もろい

40*ボケるけどツッコミもする
             +++


自分の事言われてるのかと思った(笑)
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昔の恋のお話(笑)

私も昔は若かったです^^

その昔、
もう10年以上前のお話になりますが、
仕事で上手く行かなくて
物陰の柱でシクシクないていたら、
「Are you OK?」と
外国人の方に聞かれて、
「maybe Yes」
と言った方とおつきあいをした事がありました。

今でもいい思い出です。
香港の方で
すごくかっこよくて
とっても好きになりました。
3年くらい遠距離恋愛をしていて、
もしかして
香港にお嫁に行くのかな!!??
とバカな事を思っていました。

結果、
私はただもて遊ばれていて、
捨てられて、
とても傷つき、
人なんて信用出来ない
という失意の中で今の主人と出会い、
傷を癒してもらい結婚しました。

もう、
かっこいい人とおつきあいをして、
余計な心配や考え事、
(主人には失礼ですが笑)をしなければならない。
家に帰って来ない。。。
とにかく大変でした。

今思えば
私は外国人に憧れを持っていて、
そんなおつきあいは初めてで、
夢を見ていたのかもしれません。

なんだか懐かしい事を思い出しました。
毎日、
一生懸命生きていると旦那さんと
最後、いつ手をつないだろう??
最後にデートしたのは
一体いつだっただろう??

昔ドキドキしたあの時の恋愛。。。
すごく遠い昔の事に感じた。

https://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=F8M1h5m7FgY

今の気持ちや色々をミックスさせながらこれを綴っています^^

今まで
あまりいい恋愛をしてきませんでした。
いつもいつもつまずいたり、
悲しい思いをしたり、
そんなのばっかりでした。
今まで
過去の恋愛なんて
思い出したりもしなかったのに。。
今日は
春の風に乗って
色々なことを振り返りました〜^^

私がまず考える事。
自分の幸せより
相手は幸せなんだろうか?
と気持ちに余裕のあるときは
相手の事を考えます。
毎度毎度、
ガミガミわかっていること注意をして、
怒って、
わかっている事を指摘して、
昨日の事件じゃないけど
わかっている事を言われたら
本当に悔しい!!
やろうとしているのに。。
やっているつもりなのに
でも自分の限界がきてしまう。。
でも、でも、
と言うと
言い訳をするなと言われて余計悔しい。。。
わかっているのに
できないから
きっと涙がでたんだろうな。。

何をやっているにしろ、
今持っている自分の職務に
全力を尽くしてやっているつもりだった。。
人からまさか。。
余裕を持てと言われるなんて
思ってもいなかった。。

私自身は
自分のやっている仕事に
スタッフに色々あっても
その仕事に出会ったから
そこから才能を掘り出し、
自分のすべてをわかり合おうとする人に
人生の充実感がもたらされると思っていた。

今年は
一度心から与えようと思います。
祖母や
家族の背中を見ていると
心から与えようと思った人間は
与えられる様に出来ていると思います。

私は忙しすぎて
自分のハートの声がかき消されていた。

スッタッフ達の最後も
自分がどうするか、だよ。
辞めるにしても
その人生を切り開いて行くのは
結局は自分だよ、に励まされながら
こんなことには負けないでやるんだ!!
と思います。

いつか、
自分のバッグを買ってくれたお客様と
楽しく食事会を開きたいな♡と思います。

今日、
来店したお客様も
ABNバッグで
元気に嫌な事を乗り切るんだ!!
って言ってました。
私もその勇気と愛をもらって明日を生きて行きます。
※ABN=about nami

https://www.youtube.com/watch?v=FTQbiNvZqaY

totoの曲を聴いていると
自分の向けるべきフォーカスが鮮明にイメージ出来ます。


難しく考えるんでな〜い!
っていうおばさんがよくいますが、

本当にそうですね(笑)
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介護について

私の友人がFBで投稿していたのを見たのでシェアします。

京都市伏見区桂川河川敷で2006年2月1日、
無職片桐康晴被告が、
認知症の母親を殺害して無理心中を図ったとみられる事件の
初公判でのやり取りを知っているだろうか。
自然と涙が出てきてしまう。

この事件は認知症の母親の介護で生活苦に陥り、
母と相談の上で殺害したというもの。

片桐被告は両親と3人暮らしだったが、95年に父が死亡。
その頃から、母に認知症の症状が出始め、一人で介護した。

母は05年4月ごろから昼夜が逆転。
徘徊で警察に保護されるなど症状が進行した。
片桐被告は休職してデイケアを利用したが介護負担は軽減せず、
9月に退職。
生活保護は、失業給付金などを理由に認められなかった。
介護と両立する仕事は見つからず、
12月に失業保険の給付がストップ。
カードローンの借り出しも限度額に達し、デイケア費やアパート代が払えなくなり、
06年1月31日に心中を決意した。

最後の親孝行に、と、
片桐被告は31日は、車椅子の母を連れて京都市内を観光し、
そのまま桂川べりで夜を明かす。
2月1日早朝、同市伏見区桂川河川敷の遊歩道で
「もう生きられへん。此処で終わりやで。」などと言うと、母は
「そうか、あかんか。康晴、一緒やで」と答えた。片桐被告が
「すまんな」と謝ると、母は
「こっちに来い」と呼び、片桐被告が母の額にくっつけると、母は
「康晴はわしの子や。わしがやったる」と言った。
この言葉を聞いて、片桐被告は殺害を決意。
母の首を絞めて殺し、自らの首も包丁で切ったが、
母の遺体の横に倒れているのを発見され、一命を取りとめた。

「母の介護はつらくはなかった。老いていく母がかわいかった」。
「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」
片桐被告は語った。

冒頭陳述の間、片桐被告は背筋を伸ばして上を向いていた。
肩を震わせ、眼鏡を外して右腕で涙をぬぐう場面もあった。

目を赤くした東尾裁判官が言葉を詰まらせ、
刑務官も涙をこらえるようにまばたきするなど、法廷は静まり返っていた。

判決で東尾裁判官は「献身的な介護を受け、
最後は思い出の京都市内を案内してもらい、
被告に感謝こそすれ決して恨みなど抱かず、
厳罰も望んでいないだろう」と、母親の心情を推察。

半面、
「公的支援が受けられず経済的に行き詰まった」と行政対応に苦言を呈した。
被告は昨夏、何度か社会福祉事務所に生活保護の相談に行った。
しかし「頑張って働いてください」などと門前払いされた。
この対応に「被告が『死ねということか』と受け取ったのが本件の一因とも言える」
と裁判官。
「介護保険や生活保護行政のあり方も問われている」と強調した。

「痛ましく悲しい事件だった。今後あなた自身は生き抜いて、
絶対に自分をあやめることのないよう、母のことを祈り、
母のためにも幸せに生きてください」

裁判官が最後にこう語りかけると「ありがとうございました」と頭を下げた被告。
判決後、弁護士に「温情ある判決をいただき感謝しています。
なるべく早く仕事を探して、母の冥福を祈りたい」と語ったという。

・・・・・

「決して他人事ではない」と感じます。

このような事実があることを、
私たちは知っておかなくてはなりません。

一人でも多くの方に読んで頂きたいので、
シェアをよろしくお願いします。


読んでいて涙がでてきました。

私のお客さんや知り合いの方でも
認知症のご家族の介護を自宅でしている方を多数お話を聞く機会があります。
世の中を見ていると、
国会議員の選挙活動資金に数億円規模の多額のお金が動き、
私にはその選挙に勝つ事がそんなに大切なことなのだろうか??
と思ってしまいます。
そんな莫大なお金があるならもう少し自治体の予算や
本当に困っている方の生活保護の方にお金を回せないのか。。と思ってしまいます。

昔、父が生きている時に私は若くてお金の余裕がない新入社員でした。
安月給で生活が困窮で父にお金の相談をしたことがあったのを思い出しました。
手持ちが3000円しかない。
お給料日に返すので少しだけ相談に乗れないか??
と言ったら
「その3000円で物乞いでもして、手持ちを増やせ」
と言われた事がある。
それから私は人にお金の相談をするものではない。。
貸したお金は戻って来ないと思え。
という世の中を思い知った。

もっと昔、
私が中学生の時、
知り合いに
「女はいいよな~。何かお金に困ったら体を使ったりすればいいんだから」
と言われた事があり、
なんて最低な男だ。。と思春期な私は思いましたが、
後にそういう男もいる。
「自分の身は自分で守るしかない」という事を学んだ。

私の心も気持ちも誰かに鍛えられながら
自分の精神を介護してここまで来たと思います。
そして、
このような事実がある事を知っておかなくては行けないと思いました。

ファイル 85-1.jpg
本当に若かった。。。
何も知らない世間知らずな人間でした。
今でも未熟ですが
こんな微力な私でも何かの機会に誰かの為に役に立てる人間になれれば幸いです。

一人でも多くの方に読んで頂ければと思います。
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出会いと別れの春。。

最近、
上の娘が
保育園の事をよく話してくれます。
「ママー。○○先生ね、もう来ないんだってー。
辞めたんだってー。
仕事なんだってー」
「ママー。もうねー。○○ちゃん、来ないんだってー。
学校に行くんだってー」
「ママー○○先生ねー。お休みしているのー」って
よく話してくれます。

私が切迫早産で入院するときを思い出します。
もう赤ちゃん降りちゃうわ。。
ダメだー、
お母さん6週間入院ね。
お姉ちゃんごめんね。
ママ入院するからねっ
お医者さんから言われたまだ三歳の娘。。。
泣いて
「嫌だー!!」って
言っていたのを思い出します。

私に赤ちゃんが出来た事は理解していました。
さみしいって言うと
私が悲しむ事も理解していました。

でも
私が入院して
主人とずっと二人暮らし。。。
保育園が彼女の心のオアシスだったみたいで、
アタシはめだか(保育園の名前)に行くのー
ってよく言っていました。

私も好きな先生だったから寂しいですね〜
寂しいけど、
同じ札幌市内に住んでいるから
また会えるって思っています( ´艸`)

ファイル 84-1.jpg

ファイル 84-2.jpg

ファイル 84-3.jpg

一歳の時からお世話になっている保育園だから
今日で先生が最後のときや
小学校に上がるからもう会えなくなるお友達と
最後の時は
私が泣いてしまいました(涙)

でも
娘は一つ一つを理解して
ちゃんと割り切って保育園に行っているのはえらいなって思います。
私もたまには仕事したくないな〜って思うのに、
娘はどんなときも
我慢する事があっても、
別れが辛くて夜泣きを3日連続でしても
それでも保育園に行っていたのは
わたしよりエラいな〜 
成長したなって思います。

最近、
私は五月病見たくなっていて
気分が落ちていましたが
娘を見習って徐々に回復して行きたいと思います。

ちなみに。。。

うつ病とは
眠れない、
食欲がない、
一日中気分が落ち込んでいる、
何をしても楽しめない・・・
この
「気分が落ち込む」
「ゆううつ」な気分が
長期にわたって続いている場合、
うつ病の可能性があります。
うつ病は、
精神的ストレスや
身体的ストレスが重なることなど、
様々な理由から
脳の機能障害が起きている状態。
これにより、
ものの見方が否定的・悲観的になり、
自分がダメな人間だと感じてします。
普段なら乗り越えられるストレスも、
よりつらく感じられるという、
悪循環に。

五月病とは
仕事や学校、
転居などで環境が変わり、
最初のうちは張り切っていたのに、
5月の連休明け頃から、
なんとなく気分が落ち込む、
疲れやすい、
仕事や勉強、
家事などに集中できない、
眠れないといったスランプ状態に陥ること、
これがいわゆる
「五月病」。

精神的な症状だけでなく、
食欲不振や胃の痛み、
めまい、
動悸などの症状を訴える人も多く、
新しい環境の変化についていけない
あせりやストレスが、
知らず知らずのうちに体の症状となって出てくるのです。

五月病といっても、
新入生や5月に限って起きる病気ではなく、
完璧主義で物事にこだわりがちな人や、
内向的で孤立しやすい人、
過保護に育てられた人などが
五月病になりやすいといわれています。
たいていの場合は
一過性の心身の不調で、
1~2ヶ月で自然と環境に慣れ、
症状が良くなると言われています。

だそうです。

もう少し時間をかけて

復活したいと思います!!
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動物の作品集いろいろ♡

最近
ミニショップに置く小物がすぐ売れたりしているのですが
スタッフが新しく仲間入りして
沢山作ってくれてるのでとても大助かり!


最近、人気の猫のペンケースです♡
ファイル 65-1.jpg
出来上がって納品された時はあまりの可愛さに絶叫!しました(笑)うちのお店にあります^^


ファイル 65-2.jpg
こっちは本物の猫(笑)よくみると紙袋に入っている!!※うちのにゃんこではありません(笑)


ファイル 65-3.jpg
こちらは新作のうさぎのペットボトルケースです(´▽`)!!バッグにしばってぶらさげてもかわいいです!
こちらも人気ですぐ売れましたよ〜!

これからかわいい手作り小物やおもしろい商品を色々販売して行きますので、
遊びに来て下さい^^

来られる時はご一報をお願いします(。^∀^。)ノ
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具体的に。。。具体的に。。。(仕事の事)

最近、無駄にする時間がないので、
とても具体的に物事の決断、行動をする様にしています。
でも最初から効率よく動ける様になった訳ではなく、
一緒に仕事をしている人が足を引っ張ったり、
私よりペースが遅いと
自分だけではなかなか前に進めず、
ずっと前ですが、
主人と大きな喧嘩/争い事/戦いの三拍子をしました(笑)

そこで、
お互いとことん話し合いをして何が一番大事なのか、
確実に仕事を進める事なのか。
会社を大きくする事なのか。。
それとも生活費なのか。。
と3日間くらいかかったでしょうか。。。
とことん話し合いをした結果、
私の方が企画や行動力があると判断が下されたので、
お互いのサポートしながらやって行こうとなりました。

当たり前に聞こえる話に思えますが、
当たり前の事を
あたり前に進める事ってすごく難しいんです( ̄O ̄;)

そこで、
具体的に私はやりたいことをノートに書き出して、
具体的に誰に頼むか。。。
いつやるのか。。
いつまでにやるのか。。
誰がやるのか。。
をノートに書いて毎日、毎日を積み重ねる事にしました。
その参考になったのは
内田あやのさんの本でした。
私自身、
彼女の丁寧な暮らしにとても憧れて、
自分にはそんな落ち着きが無い(笑)から、
彼女みたくできることをやろうと思ったのです。

喧嘩の原因も
忙しすぎる主人にお願い事をしても
結局、
できない、時間がとれない、
で物事がそのままになって喧嘩になるパターンが多かったので、
もう頼むのはやめて他のスタッフに振り分ける。
そのリーダーは私。
と役割を的確に指示する様になってから
仕事はとてもスムーズに行っています(*^^*)


ファイル 64-1.jpg
内田あやのさんの本からヒントを得たノートに書く事。。

私も描いてみました。
1.頼み事→家族、友達にはしない。
2.悩み事→近い人はダメ
3.見よう見まねでまずはやってみること。Pointは具体的に。。
4.考えがまとまったら周りに声がけをする
5.実現する事が大事
 実現に向けて〜 夢を実現する為の決心は簡単な事、難しいのはやる続ける事、先見の目を持つ事、ワクワク感を忘れない事。めんどくさがらない。
6.人脈をたくさんつくる。自分が信頼出来る人を持つ、人の見る目を養う、何事も経験。

とこの6つのことをノートに書いています。
ただ今実践中です^^

ファイル 64-2.jpg

大好きな内田あやのさんの本♡
私もいつか自分の本を出したいです。
洋裁のポケットの縫い方のコツや
こうしたらはやくて綺麗に縫えるコツ等。
本には絶対に書いていない裏技って
意外に沢山あるんですよね。

でもうまく言葉が見つからなかったり、
それこそどうやってやったらいいの??
誰にお願いすればいいの??
予算ってどれくらいみればいいの??
の?はてな、はてなの堂々巡りでここまできました。

今は、
職人さんも任せられる様に育ってきたので、
私が製作に入らなくても
会社の仕事が出来る様になったので、
これからそういう為になる一冊を何年かかっても作って行こうと思います。
About namiも3年半が経過しやっとそういう地盤が出来て来たような気がします。
やはり、
何事も三年って本当なんだなって思います。

あーしたい、こーしたいの口先だけの夢物語じゃなく、
私は一歩一歩キャリアを積んで行けたらいいなって思っています。
私がこういう風に思える様になったのは社長である主人のサポート、
縫製フタッフのサポートなしではここまでこれなかったです。
みなさん、
本当にありがとうございます。
ワンマンな私に付いて来てくれて本当に感謝しています。

第二子が産まれるまで、
HPや料金表、
ブランドカードをがらっと変えるつもりでいます!
来年はミニショップのセール情報もFBやHPにアップする予定でいます!
頑張りますので、
宜しくお願い致します\(^o^)/
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初の海へ連れて行きました!!

今年初の海へ連れていきました。
娘しゃん、
もう3歳になるのに今まで一度も海へ連れていけなかった。。。(泣)

ずっと仕事、仕事、仕事で
海すら見せてあげれなかった。。

今日は仕事も本当はたんまりあったんですが!
初の石狩のビーチへ行って来ました!

ファイル 62-1.jpg

初めて足を海に入れて。。。


海に到着したとき、
娘は笑顔でいっぱい^^
満面の笑み!!
「やったー!やったー!海へついたー!」
と大喜び♡

内心、
お盆できっと混んでいるだろうな〜。。
私はお腹にスイカがはいっているし(笑)
ちょっとだるいな〜
なーんて思っていましたが、
とても喜んで
ずっと海でどろんこ遊びをしている娘の姿を見て、
もっとはやく連れて来て見せてあげればよかったね。
と主人と話していました。

忙しい両親をもった娘。。。
働いてばっかりの親たちだけど、
これからも沢山思い出作ろうね〜!!

いい夏の思い出になりました!

絵が上手なら絵日記に書きたいくらいです(笑)
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赤ちゃんのお話

先日FB(face book)を見ていてとても為になったので、シェアしたいと思います!

【手のかからない子に手をかけて】

分娩台の上で産声を上げたときから、赤ちゃんは泣き始めます。

そして、泣き続けます。

その声を聞きながらその場にいる誰もがみな「良かった、元気な赤ちゃんで」と泣き声に拍手を送ります。

では、そのずっと泣き続ける赤ちゃんは、いったい、いつ泣き止むのでしょうか。

お母さんの胸に抱かれた瞬間に、ピタッと泣きやみます。

赤ちゃんは、不安いっぱいの世界に放りだされて、唯一安心できる人を求めて泣きます。

それがお母さんなのです。

ひたすらお母さんを求めて泣き続ける赤ちゃんが、何もしてもらえなかったらどうなるでしょう。

泣かなくなります。

無視され続けると、赤ちゃんは何も感じなくなります、次第にあきらめて無表情になります。

「サイレントベビー」をご存知でしょうか。

そんな泣かない赤ちゃんのことです。

赤ちゃんは、抱っこされる心地よさ、誰かに愛され、支えられる安心感を感じながら人として育っていきます。

一人では生きていけない「人」に必要な「信頼関係」を築くことを学んでいきます。

そうして、生きる力を身につけ、よりその力を発揮していきます。

お母さんが、少し抱っこすることに疲れたら、誰かが代わってあげればいいんです。

お父さんでも、おばあちゃんでも、そしてまた元気になったお母さんが抱っこすればいい。

「泣くんです。ずっと泣くんです」と、困ったように言うお母さんがいます。

泣き続ける赤ちゃんに困らないでください。

赤ちゃんにはそれしか方法がありません。

抱っこしてほしいだけです。

抱っこして愛してくれる人がいることに気づいた赤ちゃんは、愛を知りながら大きくなります。

そんな赤ちゃんは、きっとお母さんを困らせなくなると私は信じています。

「これからも赤ちゃんはいっぱい泣くよ、ずーっと泣くよ。
お母さんが泣きたくなるぐらい泣くよ。
でもそれはお母さん、お母さんって泣くんよ。
だから『なんで泣くの』って思わないで抱っこしてあげてね」

私は、お母さんの胸に最初に赤ちゃんを抱かせたときに言います。

「手のかからない子」にこそ手をかけてほしい。

泣かない、わがままも言わない子を、いい子だと思わないでください。

いつの間にか、子どもたちは、声を立てずに泣くようになります。

人知れず、お母さんにも分からないように声を殺して泣きます。

それが成長の証です。

そんな日が、きっとやってくるのです。

声を出して泣けるうちは、たくさん泣かせてあげてください。

お母さんの胸で思いっきり泣くわが子をほめて、抱きしめてください。

お母さんが大好きな子どもたちです。

出典:ここ 食卓から始まる生教育
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・

ファイル 61-1.jpg

赤ちゃんは「泣くのが仕事」と言いますよね。
言葉を知らない赤ちゃんは、
泣くことが「伝える」唯一の手段なんです。

そんな小さな赤ちゃんでも、
無視され続けると泣かなくなってしまうとは、
伝わらないという感覚が感じることができるのでしょうか。

伝えることを諦めてしまうなんて、とても悲しいことです。

人は抱きしめてくれる人がいて、
愛されている実感を肌で感じることで
少しづつ広い世界に出ていくことができます。

お母さんを求めるのは当然だと思い、愛情をもって接する。

今、現在私も24週、もう少しで7ヶ月になります。
二人目のお産とはなりますが、
知らない事がいっぱい!!

昔は、
「抱き癖」がつくから泣いてもほっておきなさい
とおばあちゃん世代は言っていました。
今はその逆です。
今でもご近所さんに言われますが、
子育ても昔と今では変わっています。

愛情いっぱいで育てていきたいですね^^
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イベント行って来ました

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先日、
札幌の三好商会でやっていたイベントに行って来ました。
私のお客様が主宰をしてやっているイベントで
今回行くのは二回目でした。
なるべくお世話になっている人のイベントには行く様にしているのですが、
仕事で行けない時は不参加ですが。。。

最近、
なんか無理して自分を元気にテンション上げようとしていたり、
思う様に動かない体に疲れてしまったり。。。
なんかしっくりこない(当たり前か!妊娠中だし。。。)仕事もやる事山ほどに疲れていたので、
行きたい!と思った霊視、
タロットに行って来ました^^

私は占い大好き♡
いい事言われたら信じて、
悪い事言われたら信じないか気をつけるか、受け流すか(笑)しています。
たまにネタ作りに鑑定してもらったり、
自分の立ち居振る舞いを再確認するために行ったりします!

今回は仕事の事を聞きました。
そう、
about namiの事。
将来的に店舗を持ってお店は持つつもりはないんですが、
でもどうなるのか見えるのなら教えてほしい。
と聞いたら、
私は自由を愛する人間なので、
やはりお店は持たないそうです。
自由人な私(笑)
それは、
お店を私みたいなのが持つと決まった時間に
お店にいなくちゃ行けない事にストレスを感じて
がんじがらめになるのが
まず向いていないそうです。

せっかく、
自宅兼事務所が今あるので、
miniショップも上手に今の様に活用して
どんどん私がやりたいようにやっていってOKとの事でした!

良かったですー^^
自分の次なるステップと
これからも自分で人生を切り開いて生きていける力をもっているそうなので、
ちょっと安心しました。

私は本当に悩んだら
こういう占いに行って自分を確認します。
悩みを友達や近しい人に、
たとえ主人でも相談しません。
人に迷惑をかけたくないので、
いつも解決法は自分。。
その参考程度に占いってしています。

占いがすべてではないし、
人生は自分で切り開いて行く物だと思っています。
努力無くして幸せなんてやってこないと思います。

精神的に疲れてくると、
いいな〜あの人の旦那さんはお金持ちで(笑)←ひがみ(笑)
旅行も行けて。。。
うちは行けないよーとか( ´艸`)
私の場合は疲れがそういう人をうらやましがる形でやってきます(笑)

最近、
ようやく、
愚痴ってもどうしょうもないってわかってきました。
ぐちゃぐちゃ言っているならやるしかない!!
頑張ってもなかなか認められない時代。
それにこの不景気。
でもせっかく生きているなら人生楽しみたい!ので、
今日も明日も明後日も夢に向かってまっしぐら〜!
な私で行こうと思っています。

今日は藤野ふるさとまつりに家族で行って来ました。

ファイル 59-2.jpg

田舎のお祭りは楽しいですよ〜。
ご近所さんにも沢山会って来ました^^


今年も暑かったです!
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道場六三郎さんのお話

これは、
和の鉄人と呼ばれた、
道場六三郎さんのお話です。
胸を打たれたのでブログで紹介します。


ファイル 58-1.jpg

「“ここ一番”で踏ん張れる人間になれ」
       

神戸観光ホテルで修業したときは、往生しましたよ。

板長にいじめられたんです。

僕、仲居さんとのチームワークをよくしようと思って、
彼女たちに気を使っていたから、
けっこうかわいがられていたんです。

だから「ろくさんお願いね」って、何かと声をかけられる。

それは本来、板長とか上の人を通してもらわないといけないことだったから、板長はおもしろくないわけです。


僕は当時20代前半。

向板(むこういた)という魚をおろす係をしていました。

それ以外に板場の進行役でもあったから、
1日15・6時間は働きましたよ。


忙しいからなるべく早く調理場で準備したいのに、
板長が意地悪をして開店の1時間前でないと調理場に入れてくれない。

準備にはどんなに急いでやっても、
たっぷり2時間は必要でした。


僕は調理場を動き回り、いつも以上に
「早く、きれいに」仕事をする工夫をするわけです。

そんな様子を見た先輩は、僕のことを「駆逐艦」と呼んでいました。


それでも板長は「このボケ、遅いぞ」と罵声を浴びせてくる。

せっかく作った料理も気に入らないとひっくり返される。


それが毎日毎日続くものだから、
「もうこの商売をやめようか」と思うようになった。


僕は子どもの頃から辛いからといって、
途中で投げ出したことはない。

それがこのときばかりは、真剣にやめようかと考えました。

でも、考え直したんです。

せっかくここまで修業してきたのに、
やめてしまったらまた一から出直しでしょう。

ここが踏ん張りどころだと思いました。


そして「どうやっても、もうこれ以上はできん」と
いうぐらいまでやってみることにしたんです。


「早く、きれいに。早く、きれいに」


と唱えながら、死に物狂いで仕事をこなしました。

どんなにいびられてもへこたれない僕を見て、
板長のいじめも徐々におさまっていったのです。


あのとき頑張れたからいまの僕がある。

もし、苦しいことから逃げ出すことを選択していたら、
ズルズルと落ちるところまで落ちていたと思う。


人生には「ここ一番」という踏ん張りどころが何度かある。


どんな分野でも一流と呼ばれるのは、そういう
「ここ一番」の局面で踏ん張ることのできる人だよね。


二流は踏ん張れないから、いままで築き上げてきたものまで
ガラガラと崩してしまうんだ。


人間、一度でも崩れることを許したら崩れグセがついて、
次の「ここ一番」も頑張れない。


出典元: 『致知』1999年3月号 特集「一流と二流」より
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私はこれを読んだ時に、
下積み無くして上には立てないと改めて思いました。
今までの努力を無駄にしない様にやっていきたいと思います。
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